フェイスはレスポンス
- 2016/06/27 18:41
- Posted by Dr.Luke Karasawa (唐沢治)
- Category:社会, 信仰
- Tag:フェイス
と今週のメッセで語った。要するにあなたが私が何気に応答するその在り方がそれぞれのフェイスを証明しているのだ。献金する余裕もなく、集会に出ることも体力的に無理だが、カネと体力を病院にはいくらでも費やす。で、私はこれこれを知っている。御言葉の解き明かしができる。霊的書物をたくさん読んでいる・・・。まったく無意味だ。フェイスがないから。
現代社会は自作自演のマトリックス。たとえば、自分で病気を作り、クスリを開発し、クスリでまた病気になって、またクスリに頼ると。こうしてカネが回り、GDPが増えたとか喜んでいるが、実は残されるのは病気の人々・・・。さらにこのマトリックスにいかに適応するか、そこからいかにご利益を得るか、それがまたノウハウ本や評論家の稼ぎ場となり、残されるのはむしられた大衆だけ・・・。
参考:なぜアーミッシュに病人が出ないのか|現代社会の正体を探る
そのマトリックスに疑問も感じないほどに感性が摩耗してるか、自己実現と称する活動にのめり込む大衆を生む。これがバビロンのシステムであり、聖書の言う、コスモスあるいはアイオーンなのだ。まあ、一言で言えば鼻の先にニンジンぶらさげられて走るのが大衆。彼らを覚醒させないようにMCするのが体制だ。これが聖書の言うコスモス(世)であり、アイオーン(時代の霊)。あなたは神の国がそこに介入していることを知らないのか?それを経験しないのか?と神は問われているわけ。
すべてはオツムのレベルではなく、フェイス、つまり霊の領域の話である。霊が開かれ、霊の視野が開けること。これがカギ。霊が開かれていない人は何年信心に励んでもほとんど進歩しない。霊が開ける人はあっと言う間に成長する。