
このドキュメンタリーをすべて観た。60年代の観念論の世界で言葉が空転しているが[1]それでも三島が言霊の話をしていたことは意外であった。、三島の学生たちに対する愛を感じた。三島は左巻きの彼らをちゃんと理解している。そして彼らの中にある行動への動機が、自分の中にある書く(言葉を紡ぐ)ことへの動機と同じであると理解している。方や「天皇」を拒否、方は「天皇」を本来の天皇に戻したいともがいている[2]三島にとっては天皇が単なる記号としての「天皇」に堕してしまったのだ。などてすめらぎはひとになりたまいし・・・と。。そのもがきの動機は同一なのだ。
そしてそれはぼくのニッポン(ニッポンキリスト教も含めて)に対する嫌悪心、しかし日本を愛する気持ちの根底にあるものなのだ[3]ぼくは意識的にニッポンと日本を使い分けているのだ。三島は、自分は日本人として生まれ、日本人としてここにおり、日本人であり続けたい、と言った。
三島は優しい、そして優雅であり、高貴だった、その目はまっすぐに澄んでいた。彼がますます好きになった。惜しむらくは、「自己のためにだけ生きることは卑しい」とし、鍛え上げたボディを、ナルチシズムの究極として、美しく散らしたかったのだろう。・・・が、グロになってしまった。なんのため、誰に捧げ奉ったのだろうか。最後に彼の脳内に去来したのは、彼が理想とする天皇だったのか。
「などてすめろぎはひととなりたまひし」・・・やはり生き残ってしまったことが彼の心の傷となっていたのかもしれない。しかし自らを捧げたい願った対象は天皇ではなく、記号としての「天皇」に成り下がってしまったのだ。このジレンマが彼を突き動かしたのではと思っている。
なお、この900番教室は懐かしい。理系科目で息が詰まっているとき、社会学や論理学などの文系科目を受講し、ホッと一息つけたものだ。ちなみに両科目とも優を取ったが。おほへばとほくへ・・・
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