漢詩
漢詩:辛夷香風-一石
辛夷香風 一石 綠蘿(りょくら) 歳を經たり 碧烟の中残鶯長く弄し 樹樹を遶る森は靜まり 微かに涼にして 香は馥郁たり辛夷の女華は 薫風を發す (七絶・平起式・上平声一東韻)…
漢詩:『揺江月』-一石
この詩はオリンピック招致が決まり、高き都庁の頂を極め有頂天だった猪瀬氏に対して詠んだもの。その後、彼は落ちた。五輪に関わる人々も次々に塵芥にまみれた。そして今、この国全体に滅びの風(霊)が吹いてきている。 なお、藤原氏の歌を意識している: この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の欠けたることもなし…
老子によるオーガニック・ライフ
老子第五十七章-それ天下に忌諱多くして、民弥々貧し この警鐘、真に現代ニッポン(とその合わせ鏡のニッポンキ業界)に対するものだ: ●全文:正を以って国を治め、奇を以って兵を用い、無事を以って天下を取る。吾れ何を以ってその然るを知るや。これを以ってなり。それ天下に忌諱(きき)多くして、民弥々(いよいよ…
左脳を離脱し法に則るエクスタシー
<<読み>>閑來事として 従容ならざるは無し 睡り覺むれば東窓 日已に紅なり 萬物靜觀すれば 皆自得 四時の佳興は 人と同じ 道は通ず天地 有形の外 思いは入る風雲 變態の中 富貴にして淫せず 貧賤にして樂しむ 男児此に到らば 是豪雄 官位を離れて閑散たる生活に入ってからというもの、何事においても心…
磨甎作鏡(瓦を磨いて鏡となす)-キリスト教徒の愚かさ-
FBの会話から: H氏:克己勉励こそが美しい、という歴史的な民族心情が聖書解釈活動にも滑り込んでいるのですね。重いなあ~。 Luke:まことに。修養会とか、修練会とか、まことにウザイわけです。…
祈りは霊の息であり自分の心である
四時(しいじ)止息すること無く 年は去り又年は來る 萬物に代謝有れども 九天に朽ち摧(くだ)けること無し 東は明るく又西は暗し 花は落ちて復た花は開く 惟だ黃泉の客のみ 冥冥として去りて回(かえ)らざる有り 寒山和尚の詩。万物は流転する。私たちの生は七十年、健やかであっても八十年。その間、何回息をす…
白居易の漢詩から見るタコツボ・ワールドの悲喜劇
對酒 白居易 蝸牛角上 何事かを争う石火光中 此身を寄す富に隨ひ 貧に隋ひて 且らく歓楽せよ口を開きて笑ざるは 是れ癡人(ちじん) カタツムリの角の上みたいなちっぽけな世間で何を争っているのだ、火打ち石のような儚い火花のような人生に生まれたのだ。富があればあったで、貧しければ貧しいで、人生を楽しめ…
浮世を離れ神のマトリックスに生きる
浮生 一石 流鶯 碧樹に 前盟を話す 藍花 空林に 世情を遺(わす)る 遥かに覊懐(きかい)を想うも 人 已(すで)に遠し 新荷 滿目にして浮生を樂しむ (七絶・平起式・平下八庚韻) 鶯は友と相応え、紫陽花(集真藍)は美しく、昔の女性(ひと)を想い起こさせ、蓮の葉は魚鱗のごとく輝き、竹林は幽に…
世事都訛-丸川さんの質問答弁に思ふ
世事 都て訛たり 一石 當年 風貌 細腰(さいよう)多し 浮客 時を痛む 髪己(すで)に皤(しろ)し 何(なん)ぞ人生に耐えん 胡蝶の夢((夢の中で胡蝶(蝶のこと)としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢…
Dr.Lukeの一言映画評:「空海」
傾国の美女と言われる楊貴妃(楊玉環)の死の秘密を、後の遣唐使空海と白楽天(白居易)が探る幻想物語。史実に基づきつつ、中国の伝奇物語風にアレンジし、安禄山の安史の乱により追われた玄宗皇帝によって自死を求められて逝く悲話をファンタジックに脚色。高力士に靴を脱がさせて讒言され、宮廷を追放された李白譚も絡め…
其の兌を塞ぎフェイスを使え-魂と霊の分離-
GYMにてスイミングをする際、体重と体脂肪を測定する。現在、それぞれ69.5キロ、10%台後半。ホントはもう少し絞りたい。最近は1,800Calレベルを意識している(もちろん楽しむときは目一杯だが・・・)。高タンパクを意識して、炭水化物はできるだけカット、が、油断すると増える。 ちなみに息子が勤務す…
不争の徳-老子第六十八章
全文:善く士たる者は武ならず。善く戦う者は怒らず。善く敵に勝つ者は与(とも)にせず。善く人を用うる者はこれが下と為る。これを不争の徳と謂い、これを人の力を用うと謂い、これを天に配すと謂う。古えの極なり。 キリスト教の神学論争などは愚の骨頂。佐藤優氏が言っているであろう:神学などはもっとも低級な学問で…
オツムのよろしいニッポンキリスト教徒へ-愚かになればすべてを得る-
全文:学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損す。これを損して又た損し、以って無為に至る。無為にして為さざるは無し。天下を取るは、常に無事を以ってす。その事有るに及びては、以って天下を取るに足らず。 ニッポンキ業界、まことにオツムのよろしい人々が多い。が、私はあえて愚かさによって彼らに対応したい。 …
聖書の世界と漢詩の世界:バイブレーションの共鳴
頬を刺す空気の冷たさ、実に気持ちがイイ✨五感の刺激が魂に共鳴する時、漢詩を詠みたくなる。そう、自然の美しさや神秘に触れる時に、私の内には何らかの感動が起こり、それを表現したくなるのだ。音楽家は音楽で、絵描きは絵画という媒体を用いてその感動を表現する。 芸術も人生も波動のコンボリューショ…
大道廃れて、仁義有り。智恵出でて、大偽有り-老子第十八章
道に従うことがなくなると、仁義が主張されるようになる。なまじの知恵が蔓延ると大ウソが蔓延するものだ。 ニッポンキ業界でも、愛、愛と叫ぶところに愛はなく、聖、聖と訴えるところに聖はない。自由、自由と看板張るところに自由はなく、一致、一致とヒステリックに叫ぶところには相克があるわけ。で、正統なプロテスタ…
道とは善と悪を超える生き方=ハイパーライフ-老子第二章
みな善の善たるを知るも、これ不善(ふぜん)のみ-老子第二章 罪とは善と悪を知る木の実を食べたことであった。すなわち善と悪の二元論の世界に落ち、絶えず自分で判断する生き方をすること。真理は全と悪を超えたもの、それは道なるジーザスである。いのちの次元に生きることだ。 わたしは道であり、真理であり、いのち…
物は壮(さかん)なればすなわち老ゆ-老子第三十章
物は壮(さかん)なればすなわち老ゆ。これを不道と謂う。不道は早く已(や)む-老子第三十章 わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって…
沈黙による支配-老子第二十六章
重きは軽きの根たり、静かなるは躁(さわ)がしきの君たり-老子第二十六章 ジーザスはピラトやカヤパの追及、そして大衆の罵声を前にして絶対的な平安に包まれていた。その沈黙は逆に彼らの本性を暴き出したのだ。 祭司長たちや長老たちから訴えられている間、これには何もお答えにならなかった。するとピラトは、「あの…