フェイス
人間はトーラスである-霊と魂の調和した姿
内視鏡なる単語がある。胃や腸の"中"を観察するツール。私もかつて大腸検査をして、自分の腸の中を視た。不思議な感覚がしたものだ。が、実は胃や腸は内部ではない。トポロジカルには外部である。つまり体表面から指で口から肛門まで断絶することなくなぞることができる。トポロジカルには人間はトーラスなのだ。いわゆる…
祈り-それはサブスタンスを操作する醍醐味
祈りって何でしょう。キリスト教のお勤め? あるいは打つ手がなくなった時、もはや神に祈るしかないと。それは何か虚無感を覚える祈りのイメージです。 祈りは、ひとつは霊的呼吸です。エロヒムから生まれたエロヒムの霊をもつクリスチャンは祈ることなしに生きることはできません。肉体が呼吸を止めることができないのと…
神の御心(マインド)の充満に生きる
著書『神の新創造-聖書が啓示する自然法則を超えるマインドのパワー』でも強調したが、人類は旧人類(アダム族)と新人類(キリスト族)しかない。後者は新創造、ニュー・クリーチャーだ。十字架以前には存在していなかった人類。ニュー・スピーシーズ(新種)である。神はキリストの傷から流れた血と水によって新しい創造…
スピリチャル・サブスタンスによって生きる
義人はフェイスによって生きる。-Rom 1:17 目に見えるものによらず、フェイスによって歩んでいるからです。-2Cor 5:7 われわれは通常、身体に備わった五感(視・聴・臭・触・味)により、自分の置かれた環境を感知し、評価し、反応している。これは物理的時空間にある「私」の生き方だ。それは五感によ…
日本語マトリックスから離脱せよ
最近、つくづく感じているのは、なぜニッポンキリスト教が生まれるのか。それは言語の問題であるということ。すでに何度も繰り返しているが、信仰(ピスティス)を「信じて仰ぐ」と理解するならば、それで真理から外れる。これがゆえに、「私は信じます、信じます」と念仏を唱えることを信仰と思い込み、しばしば神に裏切ら…
サブスタンスをつかむ
プロテスタントの「律法を行うことによらず、ジーザスを信じることによって救われる」なる信条は偽りであるとすでに指摘している((この視点から、ルターはヤコブ書を「藁の書」と評した。が、ルター自身が聖書真理から逸脱しているのである。佐藤優氏によるとルター神学はヒトラーの思想の土台となったとのこと。ルターの…
フェイスは時空間を超える<永遠のNOW>の現像焼き付け
よく言われるセリフがある。「私は今この病気を抱えているけど、主は必ず癒して下さると信じて待っています」と。この人は癒されないことが分かる。なぜなら、それは希望であって、フェイスではないから。フェイスはすでに癒されたと分かるのだ(⇒信仰と希望について)。 フェイスは永遠の現在の領域、つまり物理的時空間…
世界はサブスタンスがフレーム化されたもの
フェイスによって、わたしたちは、この世界(aion)が神の言葉(rhema)によって創造され(framed)、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。-ヘブル11:3 この記事はある意味でそのとおりだ。 -地球は「宇宙人がつくる動物園」であり、世界はシミュレーシ…
マインドのパワー-ポジティブにしろネガティブにしろ-
昨日のセレブ後、二人の方の証を伺った。 Aさん-子供の頃から親などから、お前はアレルギー体質だから気をつけよと言われて育ち、つねにそれを意識してきた。幸いアレルギー反応は出ていなかった。ところが最近、あるきっかけで全身アレルギー反応が出て、呼吸困難まではいかなったが、救急車を呼ぼうかとさえ思った。原…
Dr.Lukeのワンショット@vimeo-ソウル・マトリックスからの解放
ソウル・マトリックスからの解放-Dr.Luke from Luke Osamu Karasawa on Vimeo. プライドや自分の能力などはマトリックスにすぎない。それらに頼るならばいずれ限界を迎える。魂のマトリックスから解かれ、スーパーナチュラルに脱皮せよ!…
神の国のリアリティーに生きる
キリスト教では、イエスを信じれば、死後天国に行けると唱える。ある人が言った、じゃあ、死ぬまで何してればいいの?と。本質をついた疑問である。キリスト教なる宗教のマトリックスに生きることは呪縛であると知るべきだ。 しかし、わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところ…
癒しの現れの差は何によるか
不思議なことに、いかなる難病もスッと癒されてしまう人と、信仰に励みつつもなぜか癒されない人が分かれる。この差は何によるのだろうか。前者は別に何の努力もしていないが、自然と癒される。後者はガンバってもガンバっても状態が変わらない。神は不公平なのか? 実際、しばしばこのように訴える人が出るのだ。 この民…
ジーザスはいつ十字架につけられたか-ナチュラル・マインドからの解放
先に創世記1章1節に、すでにイエスがコードとして埋め込まれていることを紹介した。 https://www.youtube.com/watch?v=LXKp0syUES8 この創世記1章1節の「初めには」は時間と空間と物質の始まりである。つまり神が物理的時空間を創造されたときであり、2節との間にはギャ…
「わたしはあなたをまったく知らない」と言われないために
この御言葉は今日の聖霊派における奇跡やしるし・不思議など、外なる現象を追い求める傾向に対する警鐘であろう。 わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。 その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主…
同意と拒絶-何気ない会話に注意せよ-
私がある種の発言にこだわる理由はこうだ。よくクリスチャンは自分の体験や聖書の解き明かしを"分かち合う"。特に自分は聖書を深く理解し、解き明かしすることができると思っている人々は、その自分の感性やコモンセンスをモノサシとしている。が、これが罠なのだ。 例えば、癒しは今日は神はなさらないとか、サタンに立…
世界モデル(ブリーフシステム)の根本的変革
人は赤ちゃん脳から成長するにつれて、外界を認識し、世界の諸要素の間の関係を理解しつつ、世界のモデルを構成する。これが私たちのうちに構築されるマトリックスだ。そしてこの世界モデルに従って、現象を認識・評価・判断して、時々の事態に対応するのだ。このマトリックスの最大公約数的部分がいわゆる常識と呼ばれるも…
エクレシアとはZoeなる宇宙的生命体である
いまさらながらだが、「キョウカイ」なる訳はもう手垢が着き過ぎで、エクレシアと言いたいことは前々から書いている。が、改めてエクレシアって何?・・・よく言われるのは、建物でもなく、教団や教派や宗教団体でもなく、召し出された人々の集合体。確かに、そうだ。 パウロ・・・が、コリントにある神の教会、〔すなわち…
フェイスは神の意志と私の意志がチューニングする瞬間
しばしばキリスト教徒はこの二つを対立関係においてしまう。いわく、バプテスマのヨハネは、自分は衰え、あの方は栄えると言った。よって私たちは衰えるのだと。またゲッセマネの園で主が祈られたように、私の意志ではなく、あなたの意志がなるように、と。これが自我を十字架で否むことだと。これらははっきり言って宗教だ…