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ニュートラル-GOLGO13の生き方

ファイル 3110-1.jpg

GOLGO13-思想や信条、政治や宗教によらず、自らのルールで仕事をする男。南沙諸島にある筋の裏資金による油田開発が行われ、その利権をめぐり、周辺各国が軍備を増強する。その資金はなんと、M資金*1ならぬG資金。スイス銀行筋から提供されるのだが、要するにGOLGOの個人資産を原資とするのだ。このことをあるルートから知るGOLGO13。

さっそくGOLGO自身が調査を開始するが、そこで明らかになったことは、実は油田開発そのものが目的と言うよりは、G資金に世間の耳目を集め、世界のマスコミにその出資者を探らせ、GOLGOを表舞台に引き出すことを目論む者たちがいた。理由は、世界紛争の解決を個人であるGOLGOに依頼するならば、軍備増強よりは資金的に楽なわけで、戦争による解決は避けられ、結果、軍事産業は損失を蒙る。そこでGOLGOを表に出すことにより、彼の仕事を阻止しようと言うわけだ。すでにマスコミに対しては根回しがなされており、GOLGOには打つ手がなくなっていた。はたしてGOLGOは敗北したのか・・・。

ところが・・・・ある日、国連に対して自然保護のためと称して「すべてを捨てし者」から寄付があった。振り出し先はすべてスイスの銀行。その額、2兆円!そう、GOLGOの個人資産だ。この寄付によりG資金は崩壊。彼らの目論みはとん挫する。かくしてGOLGOは自らの生き方を徹底するために、その資産をすべて手放すのだ。これにより彼らのフッキング、手掛かりは完全に消え去った。

そして、GOLGOのカッコいいところだが、情報を提供した某氏に-彼も自らの生き方を徹底するためにエリート商社マンを捨て、一農夫となっているだが-GOLGOから1億円の振り込み通知が送られてきたのだった。彼はつぶやく、「・・・自分の生き方を守る同志への報酬か・・・」。

猿を捕える方法として、口の狭い壺の中にバナナを入れておく。猿が手を突っ込んでバナナを握ると手が抜けなくなる。かくして猿はバナナを得ようとすればするほど・・・と言うわけで、この手の"クルシチャン"があまりにも多いのだ。まあ、悲劇と言うべきか、喜劇と言うべきか・・・

自分のいのち(原語:魂)を救おうと努める者はそれを失い、それを失う者はいのちを保ちます。-Luke 17:33

ウォッチマン・ニーも言っている:神による評価は、いかに多くのものを得たかではなく、いかに多く失ったかによる、と。YAZAWAといい、GOLGOといい、一流のプロはこの真理が分かるのだろう*2。

*1:昔から言われている隠れ資金。GHQが接収した資金を元にし、現在も運用されているとされ、この資金をちらつかせた詐欺事件なども起きている。
*2:今週のBr.Takaのメッセも参照のこと。

2012年YAZAWA語録

ファイル 3109-1.png

朝の空気がかなり涼しくなってきた。いよいよ2012年夏も終わった。あちこちよく遊びまわた今夏だったが、一昨日、横浜でYAZAWAのコンサートがあった。残念ながら私は横浜を離れていたのだが、また一発YAZAWA語録に追加されたようだ。いわく-

年を取るということは細胞が老化することで、魂が老け込むことじゃないんだ!

うーーん、さすが。

だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。-2Cor 4:16

霊・魂・肉体の統合体が私たちだが、肉体は単なる地上の幕屋。私たちはたとえ肉体が滅びたとしても、新しい天の幕屋が用意されている(2Cor 5:1)。霊が生きるとき、魂はその霊に駆動されて生き生きと機能する。霊の思いはいのちと平安だ(Rom 8:6)*1。魂が霊から離れて空回りするとき、それは死を生み、クルシチャンとなる(同)。いのちを与える霊なるキリスト、霊的に内に住むこの方によってパンパンに満たされよう(1Cor 15:45)。で、わが黒光りする肉体も筋肉でパンパン、自慢じゃないが、私は40代で通っているのだ*2

あなたの生きながらえるかぎり、良き物をもってあなたを飽き足らせられる。こうしてあなたは若返って、わしのように新たになる。-Ps 103:5

参考:霊の機能と魂・体の相互作用について

YAZAWAファンもすでに高齢化して、年末の武道館ライブは同窓会のノリだが、彼らは「YAZAWAが生きるので、自分も生きる」のスタンス。YAZAWAも、自分はかつてひたすら成り上がりたくてここまできたが、俺だけが一本高くそびえても虚しい。若いころは夏か冬だったが、今は春と秋を楽しみたい。垂直方向ではなく、横をみながら生きる。年末、お前たちもよく生きていたなあ、俺も生きるから、来年もまた会おうゼ!・・・という姿勢。さすがに私は「YAZAWAが生きるので・・・」とは証できないが、この寄留の地をしのぐためのひとつの手掛かりではある。

生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。-John 6:57

これから私たちは終末の光景を次々に目にするだろう。いや、すでにしている。ただ人は見たいものを見たいように見て、聞きたいものを聴きたいように聞くだけなのだ。あらゆる条件が整いつつある。文鮮明もついに逝ったようだが、再臨のキリストが逝くことはないのだ!昨今、「再臨のキリスト」があちこちにおらっしゃるようだが(笑)、一方ではキリストの再臨とか携挙などを唱えると終末カルトの烙印を押される風潮も蔓延っている。いずれにしろ真理を否定するこれらの風潮そのものが終末を証明しているのだ。しかし、私たちはまことのそのお方を待ち望んでいる。

終わりの日に、あざける者どもがやって来てあざけり、自分たちの欲望に従って生活し、次のように言うでしょう。「キリストの来臨の約束はどこにあるのか。先祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか。」・・・しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。・・・しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。・・・そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。-2Pet 3:3-13

今後、ますます滅びる者と永遠のいのちに至る者が分離される。いわゆる"クリスチャン"ですら、主の血と十字架を侮り、偽りを証する者はその自分の証によって裁きを受ける。時代はふるい分けの時代とこの10年以上言い続けている。そのとおりの光景がニッポンキリスト教でも起きている。真に主につくか、別物を握るか。自分はどちらと思ったら、自分の心に尋ねればよろしい。真に主の来られるのを大いなる希望をもって待ち望んでいるか、と。あの方が来られる日を待ち焦がれているか、と*3。

マラナタ!主よ、来りませ!

*1:"spiritually minded"。「霊に駆動された思い」とでも訳するべきだろう。
*2:いや、単に幼稚なだけだ、とのお声もあるが・・・・
*3:対して、世の霊は主の再臨を悲しむ、あるいは嘆くのだ。Matt 24:30;Rev 1:7

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