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キ○ガイに刃物

安倍さんがなんとなくやばそうだと感じる昨今ではある。が、小生は、かつてから言っているとおり、憲法9条は改正し、自衛隊ではなく、防衛軍にせよと思っている。国家が主権、国民、領域、そしてそれらを担保する防衛力を有するのは当たり前。この国の自己欺瞞の象徴である。そもそも前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と明記してある。各国の公正と信義に信頼ができるわけ?(注)

自分が刃物を持っていると他者を傷つけるのではないかと勝手に恐れる人がいる。強迫神経症の一種、加害念慮と言う。しかし自分が刃物を持たなければ、他者は自分に傷をつけないとするのは幻想。この国は、要するに病んでいるのだ。アメリカもこんな憲法を70年間も変えなかったことがむしろ不思議。これはニッポン人を飼い慣らすためのもの。今、安倍さんがやろうとしていることは、別に安倍さん自身の考えではない。アメリカの御意向なのだ。国会あたりではこの暑さの中でオツムがオーバヒートしそうな我が国。

誰も戦争等は嫌にきまっている。だが、家庭にも何かの防具はあるであろう。わが家にも箱根の温泉街で買ってきた木刀が一振りある。バルコニーで富士山を見ながら素振りしている。ないとか言う人も、鍵はかけるでしょうに・・・。それが人間界の真実なのだ。その真実を認めることからすべては始まるのだ。

(注)論理学によると、「p⇒q」とは「¬(pかつ¬q)」のこと。「『pであってqでない』ことはない」。例えば「雨が降る⇒傘をさす」とは、「『雨がふっているのに傘をささない』ことはない」だ。この真理表は次のとおり。

p q ¬q p∧¬q p⇒q
× ×
× ×
× × ×
× × ×

 つまり前提条件pが偽なる場合はqがどうであれ、結果は真となる。例えば、子供に対して、「大学に受かったら100万円あげる」と約束した。受かってもあげなければ、嘘になるが、落ちた場合はどちらでもいいわけ。ゆえに、各国の良心に信頼できなくても、問題はないとなるのだ。これが形式論理の世界だが、憲法は実質論理で展開されるべきであろう・・・。素人の素朴な疑問。

参考:日本人とユダヤ人の自我構造の類似性と相違性

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