“マタイ28:20の「世の終わり」は法的には紀元70年” by 再建主義者

いつもの再建主義者の富井氏の論、またまた錯綜してきた感があるが、できるだけ理解に努めたい。今回、明確にマタイ28章の「世の終わり」はAD70であると宣言している。これも下にあげておいた私の記事に対する反論かもしれない。

紀元70年に「イエス様は権威(支配)と国を父なる神にお渡し(お返し)になった 」のです。

将軍が獲物を国王に納めるように、イエスは父なる神に全世界の権威と国を捧げたので、今それらは父なる神のものです。

そして、今でもイエスは神の右に座しておられます。

マタイ28:20の「世の終わり」は法的には紀元70年ですが、しかし、「イエスがともにおられる」ということが紀元70年に終わったということはできません。なぜならば、大宣教命令の目的は「すべての民族が弟子となる」ことにあるので、この活動はその後も続くはずだからです。キリストの御国は千年(つまり千年単位の長期間)続くのですから、実際的には黙示録最後の章以降の新天新地(つまり善と悪の完全分離)までイエスはわれわれとともにおられます。

紀元70年において法的に世界は父なる神のものになり、クリスチャンは死ななくなり、大宣教命令も法的には成就しました。イギリス人も、日本人も、中国人も、世界の諸民族は法的に「弟子化」されており、弟子化に逆らう力は彼らにはありません。

<主は世の終わりまでわれわれと共にいると言われた⇒AD70に携挙と一度目の再臨(来臨)があった(=AD70が世の終わりである)⇒主は御父に権威と国を返還された⇒世の終わりは来たが主はわれわれと共にいる⇒今も御父と共に天にいる⇒法的に地上の民はすべて御国の民である⇒宣教により彼らを御国の秩序に従わせよ⇒全世界が福音化されたのち二度目の再臨がある⇒新天新地の到来>

これが彼の頭の中のマトリックスなのだろう。<世の終わり=AD70>が彼のマトリックスの本質的な出発点であることは間違いない。その根拠が<この時代(genea)=30年>にあるわけだ。が、geneaはgenosからの派生語であり、種族・一族の意味が本質的なのだ。これについてはすでに論じている(☞再建主義者はなぜAD70にこだわるのであろうか)。

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