ニコライ派による宗教システムからの解放の証

キリスト教なる宗教システムからの解放の証

宗教、人間による統治暗黙ルールを第一としていたことは何より偶像礼拝そのものだった。 サタンによる偽り…家庭仕事プライベート生活よりも、教会(宗教)生活こそが神の国を第一にすることである(奉仕献金日曜礼拝厳守)、神からの召命により献身した聖職者は神の代理人である、他教会との交わりはいけない他…を受け取り信じ込み 目の前に、主ご自身以上に牧師が大きく存在していた。

受洗直後救われた喜びも束の間(主の愛で満たされ安息する以前に)…受洗前とはガラッと変わり弟子訓練の名の下「永遠の救い」と「褒賞と懲罰」が区別されることなく混同したまま…救いを失うのでは!? と恐怖心のため、自ら進んで牧師の下にマニュピレートされにいっていた(黙示録2.3章の2千年来の宗教キリスト教会の構造にあって)のだと振り返る。

一昨日、主にある姉妹方とお茶をしていた時にこの話題になり…地域教会のほとんど(と思える)は信徒を自由どころか真逆の拘束へとなっているからたとえ指導者が気づいたとしても今まで導いてきた多くの人たちの事を思うと罪の大きさに容易くは認めることは難しいだろう、だけどこのまま直視し向き合わないままこの世が終わることの方がもっと悲惨…と。 頭の中が整理され霊と魂の切り分けが進んだことにより、以前のような牧師個人に対する強い苦みが消失したことは大きな恵み。 エペソ6:12を祈ります。Amen✝

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