電磁場と霊魂の場
- 2015/11/17 21:23
- Posted by Dr.Luke Karasawa (唐沢治)
- Category:信仰
- Tag:場の理論, マインドのパワー
著書にも書いたが、今日電波の存在を疑う者は誰もいない。見えなくとも確かに存在する。それは物理的サブスタンス。人類はそれをマックスウェルの方程式に従ってコントロールできる。五感に感知できない電磁場のバイブレーションを音声や映像として五感の領域に現出させることができる。
同じように、霊と魂の場が存在する。いわゆるオーラとか気とか気配とか言われるパラサイコロジーの現象はこの霊と魂の場のバイブレーションである。その霊的領域と魂の接点がマインドである。私が癒しを受けた状況をよくよく反芻してみると、マインドに映像や言葉がフッと現れ、それをとらえて言語化するとき、身体に現象が現れるというプロセスになる。それは実に明瞭にマインドの中にインプレッションを刻む。
今回のメッセでカイロスとクロノスのことをシェアしたが、神のワザはすべてカイロスにおいてなされる。それは神のシーズンであり、神の時、すなわちNOWである。信仰はすべてNOW。希望と信仰を混同するむきがよくある。癒されないのは信仰がないとでも言うのか!と憤る人々は、これを勘違いしている。神はいつか癒して下さるだろう、は信仰ではない!それは希望。信仰はクロノスの現象ではなく、つまり五感の領域のものではなく、カイロスのNOWにおける現象だ。すでに得た。これが信仰。症状があろうが、必要が具体的に満たされていなくとも、それはある。NOWだ!神はI AM!このNOWの領域にタッチすること、これがフェイス。
しかもそれは実に簡単。スマホをいじるのと同じこと。スマホをいじるのに、信じます、信じます、信じます、と念じながらいじる人は誰もいない。操作の手順を間違わなければ良いのだ。簡単なこと。癒しも同じ。それは私たちのアイデンティティー、ポジション、アビリティ、インヘリタンスに覚醒するとき、実に自然に経験できる。霊と魂の場におけるバイブレーションに共振し、そのサブスタンスを受信できるか、否か。いのちの成長の度合いとか、人格が云々とか、経験があるとか、聖書の解き明かしができるとか、そんなこととは一切関係ない。スマホも別に説明書など不要。それと同じ。ただひとつ言っておけば、「信仰」とか「信じる」という単語を日本語で理解してはならない。それはシックスセンス。まったく新しい領域の経験なのだ!