故意の罪には生贄は残されていない-辺野古事件を巡って-

日本基督凶団金井創牧師の起こしたJKの殺人事件(あえてこう呼んでおく)。彼はあえて違法を自慢気に犯していた。また凶団や支持者は依然として彼を英雄視している。加えてセクハラの問題も隠蔽されていたことが明らかにされている。こういった開き直りの故意の罪は赦されない。なぜなら
もし、わたしたちが真理の知識を受けた後にも、故意に罪を犯し続けるとすれば、罪のためのいけにえは、もはや残っていません。-Heb 10:26
彼はこの言葉通りに裁かれた。しかも悲劇は、JKを犠牲の供え物としてしまったのだ。ニッポンキ業界においてはしばしばこういった開き直りによる故意の罪を犯す者たちを英雄扱いする風潮がある。
たとえばアーサー・ホーランドとその仲間たち。彼の盟友の松澤秀章牧師は20年前にラブホで女性を窓から放り出して殺し、自身も裸で転落死した。シャブ中のフラッシュバックとも言われている。彼は新宿のチンピラでシンナーやシャブ中だったが、成増教会のナントカ牧師に導かれて改心したとして、90年代、アーサー、小坂忠とともに「ジェリコ・ジャパン」なるイベントを催して一躍英雄となった。
私の友人がアーサーのバイクミッションに入れ込んで家庭を壊して、奥さんは心を病んでしまった事件があったので、松澤のメッセはフォローしていたが、けっして健全なものではなかった。特に事件を起こすちょっと前は異常であった。
また小坂忠もフォースクエア教団の牧師と歌手として二足のわらじを履いていたが、女性信者に手を出して謹慎処分を食らったことがある。その彼の末路もガン、お孫さんも10代にして極めて希少なガンで死亡、気の毒であった。
こういった金の子牛に祭り上げられた者たちの末路はしばしば悲惨なものとある。アーサー・ホーランドも一部では、「ご生誕祭」を企画されて、それに乗ってるが、前から高リスクであると指摘している。すでに彼の兄が暴力事件を起こしていることは、その前触れであろう。
すでに牧師なる職業が自体がニコライ派としてイエスの主権に抵触しており、イエスが憎みかつ戦う相手であると聖書は啓示していることを説いているが、これを知った者たちは認知的不協和を経験するだろう。いや、ニコライ派はそんな意味ではないとか、云々。あえて、これを知りつつ牧師を名乗り、先生として、イエスの主権を犯し続けるならば、その末路は言わずもがな。牧師やその家族が経験する悲劇はこの業界を見ればゴマンとある。

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