言葉の外延と内包-同じ単語でも・・・・

・・・・と、言ったらみなさん、どう感じます? ついにおまえも文春砲か、それともご勝手に~かな?

愛人という単語、日本語での理解は愛人でしょう。が、中国語では、配偶者のことです。同様に故人というと日本語では亡くなった人ですが、友人のことです。何を言いたいかわかります?

emunahやpistisを「信仰」と訳し、eusebeiaを「敬虔」とした瞬間に聖書の真理から逸脱するのです。日本語での信仰や敬虔の意味とは原語は異なるからです。聖書の言葉は聖書で定義すること!

今、フェイス(あえて言えば「信」)とは願われる実質(サブスタンス)であり、まだ観察されていないものの現出(エビデンス)である。-ヘブル11:1(私訳)

エウセベイアの奥義は偉大である。すなわちYHWHエロヒムは肉において現れ・・・・。-1テモテ3:16

これがそれぞれの定義。そもそもエロヒムを「神」、YHWHを「主」とした段階でヘブル語のマトリックスからズレます。これはすでに何度も指摘してますが、これでキリスト教なる宗教ができるのです。

聖書の解釈が云々とか、諸教派の一致を~、とか叫ぶ前に、言語マトリックスの罠を抜けること。愛人の教訓は実に深いのですよ!

聖旨窮めず 一石
亭の辺り 古樹 淸漪(さざなみ)に映る
鳥影 行雲 綠池に對す
水を照らす 蒼天 限りなき趣き
窮まらず 聖なる旨 殘棊(ざんき)覆う

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