It is the wonderful potential of human beings to repent of their sins and be baptized in the family name of YHWH and have an elder lay hands on them for the receiving of the Ruach H’Chodesh (Holy Spirit) and become a literal child of Elohim.
しかし、YaHaWeHエロヒムはMORE THAN ENOUGH。エロヒム族はすべてを余剰価値、つまり余った分でこなすのだ。ぞうきん搾りの悲喜劇からエクソダスせよ! なぜなら12のかごはパンくずで満ち溢れているから。われわれ異邦人は机の上からこぼれるパンくずで十分なのだ。否、主の恵みのパワーは十分を超えるのだ。
この霊はエロヒムの霊、この霊を受けたものはYaHaWeHエロヒムの霊的DNAを組み込まれたニュークリーチャー。この霊こそが新しいアイデンティティであり、これからすべての天的なものが流れ出るのだ。聖も義もフェイスも、あらゆるYaHaWeHエロヒムのすべてがそこにすでにある。その方はHAYA ASHER HAYA=I-AM THAT I-AM=であるゆえに。そのI-AMが私にとってのXとなられる(ginomai)。ゆえにI-AM THAT I-AM X。このXに私たちのあらゆるニーズを代入することができる(☞I-AMのパワー)。これが「わたしの名にあって祈り求める」の意味である。
エロヒムは霊的生命体の総称であることは何度も繰り返している。いわゆる白いキリスト教はこの概念を取り違えていわゆる一神教を生み出した。エロヒムは生物の分類の「ドメイン」とか「属」とか相当するメタ概念であり、その最も高きエロヒムがありてあるYHWH (EHYAH ASHER EHYAH) である。この詩編ではElyon (The most High)とされている。