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トップ > 2015年03月18日

リスクを負うこと

Bill Johnsonが自分の長いパスター人生において、癒しや奇跡をほとんど見なかった。が、90年代にリスクを負うことを避けなくなってから、それらはいとも簡単に起きるようになったと証している。

下のコンフォートゾーンでも言えることだが、そこに留まる人はリスクを避けているのだ。病気や貧困、あるいはいじめられっ子の立場など、そこにいる限り、自分の予測できるリスクを負うだけでよいからだ。また真理を宣言することを避ける傾向も同じくリスクを避けている。語ることは責任を負うことであり、リスクを背負うことなのだ。そこでリスクを回避するためにしばしば保険をかける。自分は聖書をよく知らないからとか、十分霊的に成長していなからとか、自分のような小さな者の祈りは力がないからとか・・・。要するに二心なのだ(James 1:8)。

イエスは常にリスクを負っていた。ラザロの蘇りの時などは大見栄を切ったのだ。

イエスは彼女に言われた。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」
そこで、彼らは石を取りのけた。イエスは目を上げて、言われた。「父よ。わたしの願いを聞いてくださったことを感謝いたします。
わたしは、あなたがいつもわたしの願いを聞いてくださることを知っておりました。しかしわたしは、回りにいる群衆のために、この人々が、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じるようになるために、こう申したのです。」
そして、イエスはそう言われると、大声で叫ばれた。「ラザロよ。出て来なさい。」-John 11:40-43

さらにこの約束でも大きなリスクを負ってくださっている。

あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。-John 15:7

私たちもこの約束に答えようとするとき、リスクを負う。もしかなえられなかったら・・・と。しかしここで自分の魂のその思いを否む必要があるのだ。大胆に保険をかけずに求めること。このとき

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。-John 15:11

Armada of UFOs caught in daytime sky in California

内省はサタンの罠である

再建主義の富井氏のこの発言、まことに同意だ。自分がきよいとか、汚れているとか、あれこれ自分をほじくり返しても不毛な葛藤に落ちるだけだ。なぜならもともと肉のうちには何もよいものはないのだから(Rom 7:18)。神は私たちをキリストのうちに置かれ、霊の内にはキリストが住んでくださっている。神の子はこの信、すなわちサブスタンスに生きることだ。

tomi 2015/03/18(水) 08:11

内省はサタンの罠である

外国に行くと日本が優れた国であるとわかる。

しかし、若者の満足度、充実感が最低だという。

むしろ殺人・強姦だらけの南アフリカのほうが幸福感が高い。

これは、単に外部環境では人間の心が整わない好例だと思う。

サタンは甘くない。

すべての環境が整い、裕福に暮らす人々の心の中に入ろうとする。

入ってめちゃくちゃにしようとする。

戦争の中にいていつ死ぬかわからない人の心を破壊するのと、平和と幸福な社会で、自由にものが手に入り、仕事があり、お金がある社会に住む人の心を破壊するのとどちらが簡単か。

後者だ。

われわれは、外部に問題がないと、内面や自分を見つめる時間が増える。

自分に気を取られることがどれだけ恐ろしいことか。

際限のない内省という泥沼に入る。

われわれは、外部に働きかけるために生まれてきた。

神がエデンの園に人間を置いたのは、内省するためではなく、「園を管理し、畑を耕させるため」である。

内面を見つめることが主ではない。

外部を改革していくことが主である。

それが正しい道である。

内省に時間を使っている人は、神の命令に違反しているので、破滅するのだ。

それ用に作られていない機械を、そのために使えば壊れる。

たとえば、地上を走るために作られた車を、船として使用したらすぐにダメになる。

内面を見つめるために時間を使っている人は、神の目的と違うことをやっているので壊れるのが当然なのだ。

だから、われわれは仕事を作って、それに没頭しなければならない。

エデンの園を拡大し、神の支配を拡大するために時間を使わなければ健全になれない。

内省は、サタンが仕掛けた罠である。

サタンにとって、われわれが外部に働きかけることが何よりも怖い。

たとえば、今、私は英文で南京大虐殺や慰安婦の矛盾点を指摘する文章をどんどんといろんなところに貼り付けている。

それに対して、対応は当初激しい抵抗があったが最近はなくなってきた。

われわれが反論しなければ、中国や韓国の中傷はどんどん広まって、世界は彼らの意見を採用する。

そうすれば、われわれは性奴隷を国ぐるみで行い、30万人の民間人を大虐殺した極悪民族ということになるのだ。

日本人が、一つ一つ反論していかないとこのような趨勢は変わらない。

内面にこだわっている場合ではないのだ。

サタンはわれわれが活動すると負けると知っている。

だから、内省に向かわせたいのだ。

労働の力がない人は、祈ってほしい。

祈りは、世界を大きく変える。

サタンの力を封じ込めることができる。

とにかく内面を見ることをやめて、外に向かって働きかけるならば、満足感や幸福感、自信とか、そういう悩みは雲散霧消する。

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