Dr.Lukeの聖書物語―フェイスの覚醒
永遠の昔、宇宙の開闢以前、時間も空間も存在しない頃、エロヒムという超生命体が存在しました。エロヒムはいろいろな種類があるのですが、その最も高きエロヒムの名はYHWHと言われました。このYHWHには父と呼ばれる存在、子と呼ばれる存在、聖霊と呼ばれる存在の三つのパースンがありました。
YHWHはある時、ご自分たちと同じ形と様に人なる存在を創造し、アダムと名付けました。そのわき腹の骨からエバというパートナーを造り上げましたが、彼らはYHWHの言いつけに反した行動を取りました。それは罪と称されました。
YHWHは彼らを愛していましたので、放置はできず、かといって彼らの罪を見逃すこともできず、子と呼ばれるYHWHが人となり、ご自分の中に人類を包含して、十字架において処罰しました。そして復活しました。エロヒムはこの物質的法則に拘束されていないのです。それを超えるスーパーナチュラルな存在だからです。
そのことをフェイスする人には復活のいのちの息(霊)を吹き込むことにより新しい人類を生み出しました。これがエクレシアと呼ばれる新生命体、ニュークリーチャー、スーパーヒューマンです。こうして同じエロヒムの霊を受けて彼らもエロヒム族とされ、YHWH家の家族の一員とされたのです。そしてYHWH家はエロヒムのいのち(Zoe)を増殖し、この地に繁栄するのでした・・・。
ところが人はエロヒムに対して勝手に「神」あるいは"God"(バビロニアルーツの名称)と名付け、YHWHに対しては「主」とか"LORD"と名付けてしまいました。それがために、新しい創造エクレシアがエロヒムであり、YHWH属(族)であることはとても受け入れられないのです。自分たちのイメージする「神」や"God"とずれてしまうからです。人は自分が自分のマインドが生み出したマトリックスの中に生きていること自体に気がつかないまま、キリスト教という自分たちが信じると称する宗教体系を構築し、正統な神学とか教理なるものをひねり出し、その中に拘束されているのです。エロヒムから見たら、自作自演としか見えないことでしょう。(つづく)