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Tag: 新創造

Dr.Lukeのワンショット―エロヒム属の誕生

私たちは神のDNA操作で生まれた存在

エクレシアって何?

いまさらながらだが、キョウカイなる訳はもう手垢が着き過ぎで、エクレシアと言いたいことは前々から書いている。が、改めてエクレシアって何?・・・よく言われるのは、建物でもなく、教団や教派や宗教団体でもなく、召し出された人々の集合体。確かに、そうだ。

パウロ・・・が、コリントにある神の教会、〔すなわち〕キリスト・イエスにおいて聖められた者たち、召された聖なる者たちに〔この手紙を書き送る〕―私たちの主イエス・キリストの名を、いたるところで呼び求めているすべての者たちと共に―・・・-1Cor 1:1-2(岩波訳)

しかしながら、それは地上の五感の世界のオハナシに過ぎない。エクレシアの霊的定義とは―

この教会はキリストの体、すべてのものをすべてのものの中に満たす方の充満である。-Eph 1:23(岩波訳)

ここを通常の邦語訳では、「・・・満ちているところ」とか「」としてしまう。これがワナである。エクレシアとはキリストの充満である(岩波訳注参照)。つまり、キリストである。See? 

さらにこうある―

なぜならば、からだが一つでありつつも多くの肢体をもつように、また〔逆に〕からだに多くの肢体がありつつも一つのからだであるように、キリスト〔自身〕もまたそうだからである。-1Cor 12:12(岩波訳)

この節を用いて、しばしば、「私たち教会はキリストのからだであるから、それぞれに機能が違っているが、みんなで争わず一致しましょう・・」的な説教がなされる。つまり、キリストは頭であり、エクレシアはそのからだであると。さて、パウロはそう言っているであろうか?

ここをよく読んでほしい。「キリストのからだの場合もまたそうだから」とは書いていない。「キリスト〔自身〕もまたそうだ」とある!前者ならば確かによくキリスト教でなされる説教となるであろう。が、パウロはここでキリストご自身とからだを区別していないのだ!つまりエクレシアはキリストなのだ。これがエクレシアの霊的アイデンティティーだ。はあ?と言われる人にはひとつ質問しよう:あなたのからだは誰か?あなた自身であろう?胴体と首を切り分ける人があろうか?それは死を意味するのだ。それらは同じいのちを共有し、同じ血液によって維持されている。

エクレシアとは霊的かつ宇宙的生命体である。それはZoeそのものであり、われわれはその霊的生命体の中にバプテスマされたのだ。

主に接合させられる者はしかし、〔主と〕一つの霊なのである。-1Cor 6:17(岩波訳)

RWPはこうコメントする-

One spirit (hen pneuma). With the Lord, the inner vital spiritual union with the Lord Jesus

しかもキリストは二千前に十字架につけられたのではない。

 And all those dwelling in the earth will worship him, those of whom the names had not been written in the Book of Life of the Lamb having been slain from the foundation of the world.-Rev 13:8

この「世の基が置かれる時から」を「いのちの書に名前の書かれていない者たち」にかけるのが通常の邦訳であるが、これは「屠られた小羊」にかかるべきである。つまり小羊は世の基が置かれる時からすでに屠られていたのだ!これが時空間を超えた霊的サブスタンス。それが神のフェイスにより時空間の中で実体化されたのがあの二千前の十字架である。霊の世界はこの時空間を超える!フェイスは永遠のNOWの実体化である!すべてはすでに完成していたのだ。これが神のフェイス。ジーザスはそのフェイスを持てと言われるのだ。

フェイスを持て。-Mark 11:22

これは通常、「神に対する信仰」と訳されるが違う。対格ではなく、属格。つまり、「神フェイス」。WOW!!! 神はすべてを語り出すことにより創造された。それはフェイスのパワーだ。イエスは言われた、

わたしが話した言葉(レーマ)は霊であり、またいのちである。-John 6:63

このフェイスに生きる者たち、つまりエクレシアとはキリストの充満そのものなのだ。それはキリストであろう?なぜ?キリストのいのちの息吹を吹き込まれた存在だから。この体(Body)と魂(Soul)はアダム由来であるが、それはわれわれのまことにアイデンティティーではない。われわれは新しい創造、すなわち神から生まれた霊であり、エロヒム属のもの、ヤーヴェ家の一員なのだ。ゆえにジーザスは詩編を引いて言われた―

そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に、『わたしは言う。あなたたちは神々(エロヒム)である』と書いてあるではないか。神の言葉(ロゴス)を受けた人たちが、『神々』と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない。-John 10:34-35

ここで、YHWHを「」と訳し、Elohimを「神」と訳したことが罠になると繰り返している。そのままにせよ。神のロゴスを受けた人は、もっと言えば、神のロゴスから生まれた者たち(1Pet 1:23)はエロヒムである、とジーザスが証言したのだ。YHWHは父・子・聖霊なるお方であり、もっとも高きエロヒム。われわれはその神格を共有しないが、同じZoeのいのちを共有するエロヒム属なのだ。

が、YHWH(父・子・聖霊)なる神(エロヒム)は私たちの内に住まわれる。聖霊だけが内住されるのではない(John 14:23参照)。かくして神の霊から生まれた子供、God-OSをインストールされた私たち、つまりエクレシアは神をエミュレートするのだ(Eph 5:1)。キリストは父をエミュレートされた、すなわち彼は自分からは何もせず、父が語ったことを語り、なさることをなした。そのキリストを聖霊が私たちのうちにおいて実体化、すなわちエミュレートする。かくして私たちをとおして、父がエミュレートされるのだ!ゆえにジーザスは言われた-

はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。-John 14:12-14

YHWHエロヒムはこうして自己増殖されるのだ。これこそが神の国の増殖に他ならない。まことにこのとき、

天の父よ、御名があがめられますように。御国が来ますように。御心が天になるとおり、地にもなりますように・・・との祈りが成就するのだ。

Glory be to God!!!

エロヒムとは何か?

先入観による既成概念をひとまず置いて、虚心に学びましょう。これまで見えなかった世界が見えてきますwink

Elohimを「神(God)」あるいは「神々(gods)」とした時点でマトリックスに陥る。同様にYHWHを「」とか"LORD"とした時点でやはりマトリックスに落ちるのだ。私が「私たちの霊はElohimだ」とか「私たちは神属だ」というと抵抗を覚える人はそのマトリックスにハマっている。日本語(あるいは英語)マトリックスからヘブル語の世界に立ち返る必要がある。

 

Dr.Lukeの聖書物語―フェイスの覚醒

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永遠の昔、宇宙の開闢以前、時間も空間も存在しない頃、エロヒムという超生命体が存在しました。エロヒムはいろいろな種類があるのですが、その最も高きエロヒムの名はYHWHと言われました。このYHWHには父と呼ばれる存在、子と呼ばれる存在、聖霊と呼ばれる存在の三つのパースンがありました。

YHWHはある時、ご自分たちと同じ形と様に人なる存在を創造し、アダムと名付けました。そのわき腹の骨からエバというパートナーを造り上げましたが、彼らはYHWHの言いつけに反した行動を取りました。それは罪と称されました。

YHWHは彼らを愛していましたので、放置はできず、かといって彼らの罪を見逃すこともできず、子と呼ばれるYHWHが人となり、ご自分の中に人類を包含して、十字架において処罰しました。そして復活しました。エロヒムはこの物質的法則に拘束されていないのです。それを超えるスーパーナチュラルな存在だからです。

そのことをフェイスする人には復活のいのちの息(霊)を吹き込むことにより新しい人類を生み出しました。これがエクレシアと呼ばれる新生命体、ニュークリーチャー、スーパーヒューマンです。こうして同じエロヒムの霊を受けて彼らもエロヒム族とされ、YHWH家の家族の一員とされたのです。そしてYHWH家はエロヒムのいのち(Zoe)を増殖し、この地に繁栄するのでした・・・。

ところが人はエロヒムに対して勝手に「神」あるいは"God"(バビロニアルーツの名称)と名付け、YHWHに対しては「」とか"LORD"と名付けてしまいました。それがために、新しい創造エクレシアがエロヒムであり、YHWH属(族)であることはとても受け入れられないのです。自分たちのイメージする「神」や"God"とずれてしまうからです。人は自分が自分のマインドが生み出したマトリックスの中に生きていること自体に気がつかないまま、キリスト教という自分たちが信じると称する宗教体系を構築し、正統な神学とか教理なるものをひねり出し、その中に拘束されているのです。エロヒムから見たら、自作自演としか見えないことでしょう。(つづく)

 

ニュー・スピーシーズ!

オ☆ド☆ロ☆キ! 今週の私のメッセとピッタリ。キーワードはニュー・クリーチャー、ニュー・スピーシーズ、そしてシックスセンス。前にスーパーヒューマンと言ってる人もいたが、スピリチュアルなrealmではしばしばシンクロニシティが起きる。WOW!!! それはキリスト教などという宗教ではありません。それはiPSやSTAPと同じ新しい生命現象なのです。私は著書『神の新創造』の中ではネオ・ホモサピエンスと言っていますが。これがエロヒムなのだ。

WOW! スーパーヒューマン・ライフ

私は昨年あたりから、私たちは新創造、ニュークリーチャー、そしてスーパーヒューマンであると語ってきた。で、Dr.Kさんのリンクをたどっていたら、なんと同じことを語っている人がおりました! これはうれしい驚きですね。

-Superhuman Life Series

霊的領域においてはしばしばこういったシンクロニシティが起きるのだ。

Dr.Lukeのワンショット―”わたし”って何でしょう

聖書のコア・エッセンス

 

またWOWOWで放映されていた。何度観ても、やはり観てしまう。

バイブルが告げていることは実に単純。古いアダム系人類を終わらせ、新しいキリスト系人類を生み出し、神をエミュレートする。これがコアなエッセンス。

これをややこしくするといわゆるキリスト教なる宗教体系が出来上がる。宗教ではなく、ゾーエつまりいのち。それはフェイス、それはシックスセンス。オツムではない! 繰り返すが、バイブルは生命現象の啓示の書である。

ただし見よ、見いだしたことがある。神は人間をまっすぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる、ということ。―伝道の書(ソロモン)

霊のことは霊によってのみ知り得る。―コリント書

 

DNAの隠された情報の層が証明された

DNAは4つの塩基配列によるコードのみでなく、隠された第二の情報のレイヤー(層)があることが判明した。ストレスや環境はこのレイヤーに影響する。 WOW! 逆に言えば、DNAを心の状態や環境によって制御できるのだ! 祈りとかメディテーションはDNAに影響を及ぼすという説が立証された。この分 野をエピジェネティクスと呼ぶ。

-Scientists just confirmed there's a second layer of information hidden in our DNA

前にナチの迫害によるトラウマが遺伝することを紹介したが、今回のこの研究結果は、われわれの経験がDNAレベルで継承されることを証明したと言える。もっと言えば、キリストのDNAをわれわれは継承することも可能であるということ。つまり霊的領域におけるサブスタンスがDNAレベルに発現することも十分可能だと言うこと。遺伝病や先天異常の人々にとっては大いなる希望となるであろう。

Dr.Lukeのワンショット―十字架って何でしょう?

宗教マトリックスからの解放、もうクルシチャンやるのは十分ですよね♪

新しい生命現象を見ること

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前にLAのガイドブックを知っていることと、LAを見ることとは違うと書いた。ガイドブックを隅から隅まで知っていたところで、現地を観ていなければナン センスとだれもが分かる。ところが霊的世界になるとこれが違ってくるのだ。聖書を実によく知っている人々がいる。あるいは解き明かしと称する作業が得意な 人々も多い。が、彼らの言葉を聞くと、実際に現地を観ているのか、ガイドブックを知っているだけなのか、これはLAに行ったかどうかが明白であるように、分かっ てしまう。

人類はアダムの堕罪以降、霊が死んで、霊的領域にタッチすることができなくなった。そのため神から切り離されて、魂(思い・感情・意志)を肥大化させて、特に知性によって世界を把握し、内的に構築したそれぞれの世界モデルに従って生きるようになった。魂と肉体の五感がカバーできる領域は物理的世界のみであり、霊的世界はその能力によって観測することはできない。つまりいくら聖書を知っていても、霊的領域を見て、それにタッチすることは決してできないのだ。だから、霊のアクティベーションが要る。霊は霊的サブスタンスにタッチするセンサーであり、われわれのアイデンティティーそのものである。私たちは肉体でもなく、魂でもない。霊である。そして私たちの霊は神の種から生まれた。それは神聖であり、罪や世や敵が触れることはできない。神から生まれたもの、それは神である。

神から生まれた人は皆、罪を犯しません。神の種がこの人の内にいつもあるからです。この人は神から生まれたので、罪を犯すことができません。-1John 3:9

ここの訳も実は大いなる罠になる。クリスチャンは神から生まれた、ゆえに罪を犯さすことはできない(原語の意味)。はあ? 私たちは罪を犯しているではないか。またヨハネ自身も罪がないと言えば偽り者だと言っているではないか!(1John 1:8) こうして自分はほんとに救われているのかどうか、葛藤に落ちるのだ。これが日本語で考えてはならないと私が口を酸っぱくして言う理由である。「神から生まれた人」と訳するのが罠。原語では"pas"、「神から生まれたすべての存在」とするのが正解。また「生まれた」はgennao、Strongによればprocreate、その意味は「父から生成される」の意味だ。

要するに、何が生成されたわけ? それは霊だ。神は霊である(John 3:6)。霊から生まれるのは霊である(John 4:24)。それは神の種、すなわちDNAを有する。これが罪を犯すことはできないのだ。私たちの体に罪(Sin)が内住している現経綸では、体と魂はいくらでも罪を犯し得る。これが肉(flesh)。が、私たちの真のアイデンティティーは体と魂ではない! 霊である。その霊は分与された神の霊である(1John 4:13)。See? つまり私たちは神である。神になるのではない、すでに神である。アイデンティティーをどこに置くのか? これがカギ。

かくして教会(この用語はすでに手垢が付きすぎている)、エクレシアは単なる罪ゆるされたあわれな罪人の集合体ではない。そのように信じる者にとってはそのとおりになるだろう。それがその人のフェイスだから。それがいわゆるキリスト教会。再度、繰り返すが、エクレシアの定義はこれだ。

この教会はキリストの体、すべてのものをすべてのものの中に満たす方の充満である。-Eph 1:23(岩波訳)

これを「キリストが満ちているところ」とするから致命的にズレると前にも指摘した。エクレシアはキリストの充満。それは何? そう、キリストだ。何故? キリストの充満だから。キリストが満ちているところではない! よく読むように。キリストの充満、つまりキリスト。何か教会と称するがあって、そこにキリストが満ちていると考える人、あなたはとんでもなく読み違いをしている。充満とは場ではない。Strongはrepletion or completionと言う。それは充満であり、完成である。それは新生命体、ニュクリーチャー、新しい創造、まったく新しい種である! つまり神属なのだ。父なる神はキリストの傷から流れた血と水により、御霊からそれを生み出したのだ。それはキリスト教会でもないし、キリスト教でもない。iPS現象やSTAP現象のようなひとつの新しい生命現象である!

神は人間性において現れる。これが敬虔(godliness)の奥義(1Tim 3:16)。真に霊によって見た者は幸いである。それは各人のマインドのトランスペアレンシー(透過性)にかかっているのだ。

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