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Dr.Lukeの一言映画評

最近は日本の深い精神性を描く作品が目立つが、かねて観たかった『利休にたずねよ』。

ファイル 4061-1.jpg

ただ美にのみ頭を垂れるとして、下卑た秀吉の要求を拒絶し、切腹して果てる利休。独自の茶の世界を生み出した彼の原点を探る作品。あの入り口も空間も小さい素朴な茶室は何故に?彼が握り締めていた高麗製の小さな壷の意味は?そして妻宗恩の押し隠していた女としての気持ちとは?これらの疑問が最後に一挙に解ける。侘び寂びの世界と一人の女性に対する恋慕の情。極私的には彼の茶室は子宮復帰願望の表現と見ていたのだが・・・。これもそれぞれで観られることをお薦めする。

年年歳歳・故故新新-戴復古

最近のTVは実に観るべきものがない。正月はもっぱらBSのニュースと映画、そしてDVDを観ている。これからランチと映画へと出かけるところ。

さて、2014年はしるしを見る年になると何度も語っている。いわゆる終末論にはまって人生を投げる人々もいるようだが、終末論自体に問題があるのではない。彼らの信仰のスタンスが間違っているに過ぎないのだ。聖書は明確にこの時代は終わると語っている。キリスト教も終末の兆候(背教)を見せている。「CT vs.山谷少佐」の件がニッポンキリスト教の試金石になると2008年に語ったが、今回明確な形としてこのギョウカイの本質が証明された*1。今後、着実にバビロン化するだろう。このギョウカイとのあらゆる関わりを絶つ事をお勧めする。

なお、一応断っておくが、キリストの復活のいのちを共有し得るもの同士として、個々の兄弟姉妹との交わりは尊ぶべきである。しかし彼らが何らかの組織や特定の教義や実行、あるいは価値観などを交わりの条件とするのであれば、彼らを避けるほうが賢明である。私たちの交わりの根拠はただ父と御子との交わりであり(1John 1:3)、人間的な組織や教団や教義などにあるものではない。すでにこのギョウカイは嫉妬と憎悪と偽りと狂気が蔓延している。そこに身を置くだけである種の穢れを受けるであろう*2。裸のひとりの人として、互いに交わりを得ることを願うものである。青い鳥は私たちのうちにすでにいますのであり、探す場所を誤ってはならない。小市民Dr.Lukeとしては、それぞれが自分の生活と人生に戻り、淡々となすべきをなし、楽しむべきを楽しむ、静かな生活を平々凡々と送ることを願うところだ。

そして、わたしたちが命じておいたように、落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように努めなさい。-1Thess 4:11

そこで紹介する一首。まことに2014年、年初にふさわしい。南宋の戴復古の一首。

江山 一夜の雨
花柳 九州の春
節を過ごして 事無きを喜び
懽を謀りて辰(とき)に及ぶを要(もと)む
年年 仍(ま)た歳歳
故故 復(ま)た新新
酒を把(と)りて余恨有り
従(よ)りて古人を見る無し

私たちの生とはまさにこのようなもの。大意は次の如くだ:

山や川は一夜の雨にうるおい、
花は咲き柳は芽吹いて、国中に春がきた。
春節を無事に過ごせたのがうれしく、
楽しむためには時を逃してはならない。
年年歳歳、時は流れ、
古きと新しきと、新陳代謝の繰り返し。
酒を飲めども消えやらぬ恨みは、
いかんせん古人に逢うすべのないことだ。
-佐藤保、『漢詩をよむ-中国のくらしのうた(秋~冬)』、NHKラジオテキスト

曹操が歌うように、人生いくばくぞ、だ。すでに10年以上前から言っているが、イエスのナザレでの30年の人間生活にこそ私たちの人間としての生活の鍵があるのだ。イエスはたぶん、この詩を深く理解し、私たちの生活を愛でてくださるものと思う。

*1:CTは依然として山谷少佐に法的な圧力を加えてきている。この執拗さはあの霊の性質である。
*2:内側にこびりつくような何か嫌な感覚を残されたり、平安や確信を奪われたり、罪責感を植え込まれたりすることはその兆候である。

2014年冬眠期間のチャレンジ

いや、気持ちがイイ。この朝の空気で生かされる。帰っての風呂。30分くらい漬かるのだが、これでHSPが生産される。よってお肌もつるつるだ

さて、今年の冬の過ごし方をいろいろ考えているが、もちろん温泉やJazz LiveにDisco*1などは昨年どおりだが、先にも書いたように、ひとつはローマ史、もうひとつは、何と源氏物語に挑戦する気持ちがむくむくと生じてきた。実は今、かつて古文の勉強のために百人一首をすべて覚えたのだが、なんとなく懐かしくて手に取ったこの文庫本にはまっている*2

ファイル 4059-1.jpg

先に大友家持の歌を紹介したが、これで百人一首を再度と思い出し、若いころはそれほどでもなかったのだったのだが、和泉式部の歌*3がえらくなまめかしく感じられ、次の紫式部*4の歌で源氏物語へとつながった次第。

まあ、私のすることはいつもこんなアソシエイションによるのだが それにしても彼女たちの感性の繊細さとことばの豊かさに改めて感動しているところだ。漢詩と古文。かつては受験科目の一部だったのだが*5、その世界がこの年齢になって、実にみずみずしくかつ豊かに迫りきて、私の心の中にビビッドに展開するのだ。やはり、少しは人生の酸いも甘いも味わって熟れてきたのだろうか?

ファイル 4059-2.jpg

で、原文ではやや重いので、やはり瀬戸内寂聴で入っていこうかと。熟男(うれだん)は源氏物語を読む-これ2014年のキャッチコピーにしよう。

*1:早速FBとLINEにて一昨年度の学生たちから飲み会のリクエストがあり、では、やはり六本木のMAHARAJAHで、となりそうだ。
*2:装丁が萌え系だったので、つい手に取ったとも言えるが・・・はは
*3:あらざらむ この世のほかの思ひ出に いまひとたびの 逢うこともがな
*4:めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな
*5:私はセンター試験どころか、共通一次をも知らない世代だ。が、当時東大は独自の1次試験があり、理系でも理科系科目以外に現代文・古文・漢文と社会二科目を課せられた。ちなみに社会も苦手で、困った挙句、過去問を調べると四択の「2」の正解率が高かったので・・・というわけこれでパスしたのであるからなんとものどかな時代だった。

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