携挙

再建主義者の「再臨と携挙を未来の出来事とするのは悪魔教である」を論駁する フェイス

再建主義者の「再臨と携挙を未来の出来事とするのは悪魔教である」を論駁する

いつもの再建主義者富井氏の論。彼らはAD70年に携挙も再臨もあったとする。そして千年期に入り、世界が福音化されたのち、二度目の再臨があるというわけ。これについては再々臨だろうと指摘しているところである。ちなみに教父たちは携挙・再臨についてこう証ししている。 再建主義者の「AD70年携挙&再臨説」を論…
四頭の馬の正体は? フェイス

四頭の馬の正体は?

プレ・ミレにおけるいわゆる前艱難携挙説はダニエルの聖なる都に対する70週の預言の最後の1週(7年間)の前に教会が携挙されるとする。それは2テサロニケ2:3(1Thess 2:3)の背教(アポスタシー)をデパーチャー(携挙)と解釈し、その後に滅びの子(いわゆる666)が出現するとする。黙示録4:1(R…
再建主義者の「AD70年携挙&再臨説」を論駁する フェイス

再建主義者の「AD70年携挙&再臨説」を論駁する

すでに再建主義の富井氏の論はここでもできる限り正確に紹介し、その論点の難を指摘している。たとえば、「"再臨"が二回ある」とか、「黙示録の書かれた時期はAD60年代」とすることなどについては別の記事で論駁している((「再建主義」のTAGを参照されたい。))。 今回は、いわゆる教父たちが携挙や再臨につい…
「第二の再臨が必要だ」と再建主義者 フェイス

「第二の再臨が必要だ」と再建主義者

再建主義の富井氏がさらに論を重ねている。どうも、私の記事を意識されている感があるのだが、気のせいだろうか。 世界の諸民族は現在法的に御国の民である2 この中でマタイ24章と28章の世の終わりは共にAD70であると繰り返しており、「まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、人の子が…
“マタイ28:20の「世の終わり」は法的には紀元70年” by 再建主義者 フェイス

“マタイ28:20の「世の終わり」は法的には紀元70年” by 再建主義者

いつもの再建主義者の富井氏の論、またまた錯綜してきた感があるが、できるだけ理解に努めたい。今回、明確にマタイ28章の「世の終わり」はAD70であると宣言している。これも下にあげておいた私の記事に対する反論かもしれない。 世界の諸民族は現在法的に御国の民である 紀元70年に「イエス様は権威(支配)と国…
「肉体の死が携挙である」と再建主義者 フェイス

「肉体の死が携挙である」と再建主義者

AD70にジーザスの来臨と携挙が起きたとする再建主義の富井氏の論は先に紹介した。この中で「昇天」とは、つまり「携挙」とは肉体の死を指すのであろうかと疑問を呈しておいた。今回、私の指摘を受けてか否かは不明であるが、次のような言説をなされた。 相当ヒットをとばしているのですが 3.未来に関する預言だと思…
再建主義者はなぜAD70にこだわるのであろうか2 フェイス

再建主義者はなぜAD70にこだわるのであろうか2

富井氏による先の記事の続編が出ている。 紀元70年に死は滅ぼされた2 新しい主張は何もないが、AD70の主の「空中来臨」により当時のクリスチャンが全員ではないが携挙され、霊の体に変えられて天に生きている、ということのようだ。根拠はパウロが「生きている私たち」と言っているからだと。携挙が未来のことであ…
再建主義者はなぜAD70にこだわるのだろうか? フェイス

再建主義者はなぜAD70にこだわるのだろうか?

いつもの富井氏の記事。どうも私の指摘を意識している書いている感じがあるのだが、まあ、それは不問にしておこう。 紀元70年に死は滅ぼされた いつもどおり、AD70にキリストが再臨された、いや、今回はあえて来臨あるいは臨在としている。私が「再臨」が二回あるのは変だろうと指摘しているためかもしれない。また…
フェイスは今・ここで永遠を結晶化する フェイス

フェイスは今・ここで永遠を結晶化する

われわれはクロノス(物理的時間)に生きるのではない。今・ここで永遠のNOWをクリスタライズする。それはカイロスの世界だ。フェイスはスピリットであり、シックスセンスだ。それは時空間を超える! いま、フェイスとは願われるサブスタンス、まだ見ていないことの現出である。-Heb 11:1…
携挙の時期の根拠をめぐって フェイス

携挙の時期の根拠をめぐって

私はChuck Smith系のいわゆる前艱難(最後の7年)携挙説は採っていない。それはあまりにも安易であり、神の取り扱いはそのような軽いものではない。これについてはこちらを 携挙の時期について 私と同じ立場を採る論考はこちらを。 Will the Church see the Abomination…
「ディスペンセイション主義は新しいメシアを提示する」と再建主義者 フェイス

「ディスペンセイション主義は新しいメシアを提示する」と再建主義者

これは再建主義者の富井氏が全能神教会に対する批判であるが、彼はディスペンセイション主義と全能神教会を同類と扱って、全能神を批判する形をとりつつ、巧妙にディスペンセイション主義を中傷しているので、その問題点を指摘する((私自身はディスペンセイション主義者ではない。恵みと律法を対立概念としてとらえてはい…
再建主義の根本的問題=神の主権の無視= フェイス

再建主義の根本的問題=神の主権の無視=

神のご計画と「陰謀論」-神の御旨を阻止する者は誰ぞ- この問題はクリスチャンの間でもいろいろとセンシティヴな議論が交わされるテーマである。一方ではユダヤ人が「プロトコル(シオンの議定書)」と称する世界征服のためのノウハウをまとめた文書によって世界の政治経済をコントロールしていると主張し(陰謀論)、一…
「1世紀に携挙と体の贖いが起きた」と再建主義者 フェイス

「1世紀に携挙と体の贖いが起きた」と再建主義者

ちょうど昨日のメッセでポストミレとプレミレについて、「ゲネア問題」に触れたところ、このような投稿があった。富井氏の主張の本質は、パウロが「わたしたち」と言っている以上、携挙はパウロ時代(ゲネア)において、AD70年に成就したのだと((彼によれば、黙示録はAD60年代に書かれ、AD70年に19章までは…
ポスト・ミレのアキレス腱 フェイス

ポスト・ミレのアキレス腱

ブレズレンのダービーによるディスペンセイション主義ではプレ・ミレ。つまり千年期前にイエスは再臨され、地上に文字通りのご自身の統治による御国を設立する。一方、ラッシュデューニーの再建主義によるとポスト・ミレ。つまり現在が千年期であり、全世界が福音化された後、イエスは再臨する。再建主義の旗手富井健氏によ…
神業か、神業じゃないか、フェイスは今、そこだよね! フェイス

神業か、神業じゃないか、フェイスは今、そこだよね!

MS-DOSはコマンドをすべて覚えて、スペルミスなく打ち込まなくてはならなかった。が、その上位互換のWindowsではアイコンをクリックで操作できる。その時には自動的にMS-DOSも作動している。いのちの御霊の法則はさらにすぐれたいのち(Zoe)の力によるメルキゼデク系の法則であり、レビ系のモーセ律…
「現在は千年期であるが新天新地ではない」と再建主義者 フェイス

「現在は千年期であるが新天新地ではない」と再建主義者

いつもの再建主義の富井氏の主張。AD70年に再臨があり、携挙もあったと。現在は千年期であるが、フル・プレテリズムのような新天新地ではないと。大変興味深いのでクリップしておく。 tomi 2019/05/24(金)00:20 フルプレテリズムは善悪二元論の異端である1. 主権の確立には、法的と実際的の…
「携挙は紀元一世紀に成就した」と再建主義者 フェイス

「携挙は紀元一世紀に成就した」と再建主義者

富井氏tとDr.Lukeのシェーマ tomi 2019/01/19(土) 02:29 携挙は紀元一世紀に成就しました 携挙は紀元一世紀に成就しました。 なぜならばパウロは「生き残っている私たちが雲にあげられて主と会う」と記されているからです。 ディスペンセーション主義のシステムの中にいる限り、ルシフ…
終わりが来る条件-マタイ24:14 フェイス

終わりが来る条件-マタイ24:14

再建主義(のパーシャル・プレテリスト)では現在既に千年期であるとし、全世界にモーセ律法による司法社会制度が確立し、地上が文字通りのイエスの支配により福音化された後(ポスト・ミレ)、イエスが二度目の再臨をされ((一度目の再臨はAD70年、旧約の神殿を破壊し、モーセ律法を超民族的なものにしたとする。再臨…
再建主義のポスト・ミレを論駁する フェイス

再建主義のポスト・ミレを論駁する

最近、再建主義の富井氏の論も理解できるようになってきたので、一度その主張の矛盾点を整理しておこう。 プリマス・ブレズレンのダービーによるディスペンセイション主義ではプレ・ミレ((富井氏はディスペンセイション主義は悪魔の教えであり、自分はその教えで人生を失ったと言われる。すべては主の再臨で虚しくなるの…
”世界政府運動は黙示録20章の「復活したサタン」による”と再建主義者 フェイス

”世界政府運動は黙示録20章の「復活したサタン」による”と再建主義者

いつもの再建主義者富井氏の論。これも面白いのでCLIPしておこう。またイスラエルとエクレシアについてのシェーマが提示されているので、リンクさせてもらう。見えない場合はこちらを。 ここでも私の理解は経綸的選び(善悪の木の平面)と本質的選び(いのちの木の平面)の区別を説いているが(☞教会とイスラエルの関…
再建主義者の「われわれは法的復活体を持つ」を論駁する フェイス

再建主義者の「われわれは法的復活体を持つ」を論駁する

いつもの再建主義の富井氏の論。これを読むと彼のマトリックスが理解できる。つまり、クリスチャンは実質的に復活しているのではなく、法的に復活しており、この肉体もいぜんとして血肉であるが法的には復活体であると言うわけ((前から繰り返しているが、私は富井氏をリスペクトしている者である。ニッポンキリスト教に対…
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